2012年5月26日 (土)

素人が使うArcGIS その1

GISソフトの定番ArcGISを触りはじめて(決して使いはじめてではない。。。)はや3年。いまだに使い方が理解できずに苦しんでいるところが多い。。。

その有用性は理解しながらも、どうすればどんなことができるのか頭を悩ませることが多く、いまだに試行錯誤の毎日です。

宝の持ち腐れと思いながらも、一番の使い道は遺跡の位置を地図上に落とすこと。遺跡なり場所なりの位置座標(緯度・経度)がわかれば、簡単に地図上に落とすことができるので一度位置座標を作成しておけば、簡単に精度の高い地図をつくることができる。

昔は手描きの地図にインレタをつかって遺跡地図をつくっていた(1990年代)。もはやまったく使わなくなってしまったロットリング社の製図ペン(高かったのです)で何かからコピーした地図をトレースし、それにインレタで遺跡の地図を落とす。とにかく時間がかかり、再利用もほぼ不可能だった。

2000年代になってデジタル・トレースをするようになった。Adobe社のIllustratorを使うようになり、コンピュータ上で地図を作成・再利用することができるようになった。一度下図をつくっておけば(とはいいながらもその作業は手描きの作業と変わらないくらい面倒くさい)、それをコピーして異なる遺跡地図をつくることができた。このころはIllustrator自体が高いこともあって、なんだかすごいことをやっているような気になったものだ。

例として2007年に書いた論文に載せた分布図をみてみよう。等高線に沿って線を描き、それを塗りつぶすことで地形を表現している。地形情報が表現されるだけで分布図がもつ情報量も大きくなる。これを手描きでやろうと思うと、ペンのほかにスクリーントーンを切り貼りしないといけないので、正直不可能だ。

Digital_1_4

Illustratorをつかってみても、作業の手順と手間ひまは手描きの場合とあまり変わらなかったが、再利用が可能なのと、印刷のクオリティを変えることなく何度でも使えるというメリットが魅力的であが、このデータ作成後の再利用が容易なのがデジタル技術のもっともいいところと思っていて、さまざまなデータをコンピュータ上で再利用・統合して、新しいデータをつくることができるようになったのは大きい。繰り返しコピーしてハサミとノリで図をつくっていた頃が懐かしいような、ばかばかしく思えてくるような。考古学を学びはじめた頃は、ハサミとノリをいかにうまく使えるかが考古学者として大切だと教えられた記憶がある。少なくともIllustratorを使うようになって、作図のクリエイティヴィティが向上し、そこから新しいアイデアが得られるようになったのは最大の成果だと思う。

Illustratorとデジカメで撮った写真をIndesignで原稿化できるようになり、論文だとか報告書の作成もずいぶんと容易になったように思う。さらにデジタルベースでPDFに書き出すことができるのも強みで、スキャナーでコピーした論文をPDF化するよりもはるかに軽量のPDFができ、インターネットでも活用できるようになった。

そこでArcGIS。
(続く)

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2012年5月24日 (木)

書籍案内:森本達雄『インド独立史』

森本達雄『インド独立史』中公新書298、1972年、620円

すでに古典的名著ではないかと思われるこの本。ずいぶん前に買ったものを改めて再読した。

本書を通読してみると、植民地時代から独立運動の時代にかけて、インド社会がいかにイギリスによって翻弄されてきたのかよくわかる。著者略歴によれば、インドでも教鞭をとっていたという著者ならではの指摘も本書の内容に厚みを加えている。

インドとパキスタンの分離独立は近代史における不幸の一つではないかと思う。北インドを中心とした13世紀以来のムスリム支配の中で、ヒンドゥー教徒が抑圧されてきたのも事実だろうが、数百年に及んで両者が共存してきたインド社会はイギリスによる植民地支配によって大きくゆがめられてしまったのではないか。

表面的な理解からの発言であることを踏まえた上のことだが、宗教が社会を分断するというのは今ひとつ釈然としない。しかもそれが国家を分ける理由になるというのは理解を超えたところがある。もちろん生活習慣の違いや歴史的に形成された支配−非支配の構造など、ある局面で宗教が対立と社会の分断要因になることは理解できるものの、それがインド・パキスタン分離独立とそれに続く対立・紛争にまで影響を及ぼしたことを考えると、分離独立以前の共存社会(もちろん対立関係も含むのだが)とは何だったのだろうかと思わざるを得ない。1857年に起きたインド大反乱においてヒンドゥー教徒とイスラーム教徒による共闘は一瞬の関係でしかなかったのだろうか。

現在の南アジアでも宗教の違いによる対立関係は維持されたままだ。インドとパキスタンの度重なる紛争も国家レベルでのさまざまな要因を含むとはいえ、根底には宗教の違いがある。宗教の違いが社会的差異を強化する方向に進んでいるのが実際で、国家よりもはるかに下位のコミュニティレベルでも対立感情を醸成している。インド国内でもイスラーム教徒に対してヒンドゥー教徒がもつ嫌悪感もよく目にするところであるし、イスラーム教徒がおかれた社会的弱者の位置も実感することが多い。植民地時代に顕在化した宗教の違いによる社会の分断はさらに強化されているのではないかと感じさせられる。

対立関係が重層化されさまざまな社会のレベルに浸透してしまった状況では、問題の解決は決して容易ではない。多民族・多文化・多宗教社会は世界のあらゆるところに存在しているが、社会のごく一要素でしかない宗教の対立関係から融和・相互理解・共存をめざす異なる原理にもとづいた社会の形成こそが現代社会において求められるところである。むしろ対立関係を克服し、同じ地域に暮らす人間としての紐帯を築いていくことこそが、現代社会の叡智であるべきだろうし、それなくしては安定した地域社会の未来像はあり得ないだろう。

少し前のことになるが、インドの新聞で多文化主義こそがインド社会の魅力であるという論説を読んだことがある。ヒンドゥー至上主義政党が政権を担っていた時代のことであるが、真の意味での多文化主義、むしろさまざまな文化が混淆して一つの文化を創りだしていく社会が理想だろう。決して容易なことではないことは十分に理解するところだが、現代社会が抱えるもっとも重要な課題であることは事実である。

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2012年5月23日 (水)

南アジアのニュース:2012年5月21日

インドの汚職禁止法案に関するニュース。

昨年来、アンナ・ハザレ氏を中心としてインド政府機関における汚職・賄賂追放が展開されているが、国会で禁止法案が議題となっている。

インドは縁故社会で、何かにつけてコネが幅を利かせている。それは就職の斡旋にとどまらず、社会のありとあらゆる領域に及んでいる。そうしたコネに加えて、何かをしようとするときに求められるのが賄賂。大物政治家から地方自治体の役所にまで及んで賄賂が行き来している。

こうしたインド社会に根ざした根ざした悪しき風潮に止めをさそうというのがハザレ氏らの活動だが、あまりにも一般化しすぎていて、完全に根絶やしにするのは困難な状況だ。賄賂を払って就職した人は当然の権利のようにその職権に応じて賄賂を要求する。

インド社会が安定的に発展していくためにはこうした風習を廃絶し、広く国民に機会を均等に配分していくが不可欠だ。とはいいながらも、そうした機会均等社会への道は長く険しいだろう。

http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-india-18141956

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南アジアのニュース:2012年5月23日

インドのアーンドラ・プラデーシュ州で起こった列車事故のニュース。

http://topics.jp.msn.com/world/general/article.aspx?articleid=1055168

http://www.bbc.co.uk/news/world-asia-india-18155973

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2012年5月20日 (日)

ブログ「南アジアの歴史遺産」の紹介

南アジアの歴史遺産を紹介するブログをつくっています。

まだまだエントリーは少ないですが、ホームページと連動させていただきたいと思っています。

ご関心のある方はぜひご覧ください。

http://southasian-monuments.blogspot.jp/

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