雑感

日常のどうでもいいことをまとめています。

2017年9月 3日 (日)

イギリス、トルコ、インド

7月後半にイギリスに行き、ケンブリッジ大学考古学・人類学博物館と大英博物館で資料調査をしてきました。調査対象はここ数年の研究課題である石製装身具。鉄器時代の北インドと南インドをつなぐ資料を得ることができました。

8月5日に帰国し、再び11日からトルコ、キュルテペ遺跡の調査へ。3年目の発掘調査で、一定の区切りをつけることができました。テルという複合遺跡の複雑な土層の堆積状況に頭を悩ませたり、刺激を受けたりの3年間でした。

8月30日に帰国し、今日9月3日からインド調査。南インド、中央インド、北インドと転戦する予定です。南インド先史文化編年プロジェクトもはや3年目。いろいろな成果が上がってきたものの、まだまだよくわからないことだらけです。今回の2ヶ月の調査でどういう成果を上げることができるか、最終報告を見据えながら作業を進めて行きたいと考えています。

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2017年7月 4日 (火)

時々の更新

2月末に終了することにしたものの、時々みてくださるかたがいらっしゃるようで。。。せっかくなので、時々更新することにします。ずぼらでいい加減な性格が丸見えです。

2月末から3月末まで、インドで調査をし、6月には3週間、バハレーンで資料調査を行いました。インドもバハレーンもとにかく暑く、どこまでやれるのかはなはだ不安になってきたところです。

いろんなところへ行けば行くほど、多くの研究課題や勉強したいことが増えていきます。それはそれで幸せなことですが、どれも中途半端になってしまって、逆につらくなります。一つ一つ課題をクリアしながら前進していくしかないですね。

5月にはこの数年取り組んできた南アジアの石製装身具の論文を2本仕上げました。来年には刊行されるだろうと思います。その延長で、バハレーンでは西暦紀元前後の時代の遺跡から出土する石製装身具の研究をはじめました。おそらくすべてが南アジア産で、海洋交易によってバハレーンにもたらされたと考えられます。鉄器時代に南アジア全域に普及した石製装身具がその外へと流通圏を広げていく過程を考えてみたいと思っています。ついに長年の懸案であった「海のシルクロード」の研究に着手しはじめたということになります。

7月2日にその成果の一部を日本西アジア考古学会第22回大会で発表しました。いつもながら要を得ない発表だったかと思いますが。

ぼちぼちこれまでの研究をまとめていかないといけないのですが。。。そこまでたどり着きません。

7月後半からイギリス、トルコ、インド、バハレーンを転戦します。

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2016年1月 6日 (水)

2016年

いつの間にか年が明けていました。今年もよろしくお願いいたします。

前回の記事で書いたように、年明け早々海外に調査で出かけます。3月末までは調査に追われている予定です。溜まっている原稿も早く終わらせてしまいたいのですが。

現在取り組んでいるのは、パキスタンの西部に広がるバローチスターン地方から将来された先史時代の遺物コレクションに関する図録の執筆作業、南インドのヴィジンジャム遺跡の土器の報告が主ですが、数年来思うように進めることができていない、インダス文明期の工芸品に関する研究論集の執筆・編集、2011・12年に発掘調査をしたミタータル遺跡の報告書の執筆など、とにかく集中して終わらせてしまいたい仕事が待っています。

夢見る南アジアの考古学の概説書の執筆は、夢のままで終わってしまうのかな。。。2、3年後に正夢となるようがんばります。。。

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2015年9月29日 (火)

ようやく大阪に戻りました。

今月22日にトルコから帰国したのち、24日から昨日まで山口大学で集中講義にお邪魔してきました。怒涛の2ヶ月でしたが、無事に大阪に戻ることができ、とりあえずはホッとしています。

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トルコでは多くの成果を得ることができ、大変勉強になりました。インダス文明が栄えたのと同じ前3千年紀の層を発掘し、都市の一端に触れることができました。インダスとアナトリア、互いに数千キロ離れていますが、興味深く感じたのはいずれもメソポタミアを中心とする文明世界の周縁部に位置しているということです。メソポタミアに文明社会が興ってくるなかで、その周縁地域も文明社会の仕組みのなかに取り込まれていきます。そうした状況において、インダスでも都市社会が成立し(もちろんメソポタミアの直接的影響でインダス文明ができたとか、そういう単純な話ではありませんが)、トルコもメソポタミア文明の一部となっていきます。

その一方で、それぞれの地域には、文明期以前から発達してきた地元の社会・文化があり、メソポタミアなどの中心地からの影響とともに文明社会を支える重要な要素となって続いていきます。何をもって中心、周縁を分けるか、視点によってだいぶ異なってくるとは思いますが、「周縁地域」では「中心地域」よりもダイナミックな社会・文化の展開が生じる傾向があるように思っています。インダスとアナトリアで比較研究の視点を得ることができたことが、私個人にとっては大きな収穫であったと感じています。

一方、山口大学では「南アジアの考古学」と題して、5日間にわたり朝から夕方まで講義をさせていただきました。新石器時代から中世の話まで、私の経験をもとにお話ししましたが、やはりその中心にくるのは「文明社会の成立と展開」ということになってきます。受講してくれた学生のみなさんにとっては、初めて聞く地名や専門用語ばかりで、それだけでも大変だったと思いますが、私のいろいろな経験・研究の成果を一つの講義のなかでまとめてお話しできたことは、私にとっても貴重な経験でした。逆に私が学んだことの方が多かったかもしれませんが、5日間にわたってお付き合いいただいた学生のみなさんには深く御礼申し上げておきたいと思います。

頭を切り替えて日常業務にもどります。今秋にも仕上げないといけないことや学会発表の予定も詰まっており、頭をかかえるところですが、トルコや山口大学で得た刺激を糧にがんばりたいと思います。

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2014年12月31日 (水)

2014年を振り返る

早くも2014年も終わり。あっという間に1年が過ぎようとしています。

この1年はいろいろと新しいことに挑戦した年になりました。南インドでの調査を準備しはじめ、北インドと南インドをつなぐ研究に取りかかれそうなところまできました。南インド巨石文化が目下の関心の対象ですが、この文化の研究によって北インドと南インドを結びつけ、さらにはインダス文明の時代から鉄器時代へとつないでいくことができるのでは、とこれからの研究の進展を楽しみにしています。あとはとにかく現地調査を何とか実施したいところ。

また、この数年取り組んできたインダス文明研究も、成果が形になりはじめました。6月の日本西アジア考古学会で、ハラッパー式土器の編年研究について発表しましたが、インダス考古学の時間軸、すなわち編年の構築は長年の夢であったとともに、この数年の労苦を伴う作業の最大の成果と思っています。まだ、論文にしたわけではなく、これからの研究の深化が不可欠なのですが、ようやくインダス考古学もこの段階まで到達できたかと思うとうれしさがこみ上げてきます。

インダス考古学関係では、石製装身具の研究もまた成果を結びはじめました。アメリカ滞在時にマーク・ケノイヤー教授による穿孔技術の研究に触発され、各地で穿孔技術研究のデータを集めてきたのですが、その分析が遅々としながらも蓄積されてきて、穿孔技術の理解が大きく深まりました。

来年は、年明け早々にバハレーンでの発掘調査に参加させていただきます。バハレーンは前3千年紀の時代に東のインダスと西のメソポタミアをつなぐ海洋交易の拠点として発展したところで、そこに無数に残された墓には東西交流の証左が残っています。インドを離れて新しい地域で新しい勉強ができるのは大変光栄なことです。

2月には以前にご紹介したように、東京の古代オリエント博物館で、「インダス文明を掘る」と題した企画展示・講演が予定されています。最新の研究成果をお話ししたいと、今から楽しみにしています。

まだまだ計画していることがたくさんありますが、一つ一つ確実に成果を上げていきたいと思っています。

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2012年12月31日 (月)

2012年の暮れに

2012年も終わりが近づいています。折角なので、今年の一年を個人の記憶として振り返っておきおます。

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昨年末から今年の2月末にかけてはインドでの調査でした。思うように調査を始めることができず、非常に苦い思いをさせられましたが、それでもずいぶんと成果を挙げることができました。東京理科大学の中井泉先生の分析チームと富山大学の長柄先生、橿原考古学研究所の清水さんのおかげです。発掘調査だけでなく、出土した遺物の多角的な分析をしたいということでお願いしたのですが、南アジアでは未開拓の分野に取り組んでいただき、大きな成果を挙げることができました。

2月末に帰国し、6月中旬までは日本で報告書や論文の執筆に励みました。学会での研究発表もいくつかさせていただき、これまでの研究成果をまとめる方向性を得ることができました。

6月中旬から7月中旬まで1ヶ月足らず、ヨーロッパに渡航しました。メインの目的はパリで開かれた南アジア考古学会での発表でしたが、それにプラスしてこれまで行きたいと思いながら行くことのできなかったスペインに足を伸ばし、南部のイスラーム建築を見学してきました。これは言葉では語り尽くせないほどの感動的な体験でした。

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8月はインドに調査。グジャラート州のバローダーとハリヤーナー州のローフタクへ。これまでの研究で気づいたことを広げるのが目的でしたが、予想以上に興味深い成果を挙げて帰ってくることができました。

9月初から11月末にはアメリカ、マディソンに滞在。アメリカに長期滞在するのは初めてのことだったので戸惑いもあったのですが、南アジア考古学を牽引するケノイヤー教授のもとで勉強することができたのは大きな経験でした。

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そんなこんなであっという間に一年が過ぎました。思うように行かないこともたくさんありましたが、学んだことも多く、充実した一年でした。来年はどんな一年になるのか、不安と楽しみが相混じるところです。

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2012年10月 4日 (木)

マディソンから 2012年10月3日

早いものでもう10月。あっという間に時間がすぎてしまいます。

来週末は毎年開催される南アジア学会です。41回目ということで大変歴史のある学会。500人以上の南アジア研究者が参加する大きなイベントです。

考古学だけでなく、現代政治、経済、宗教、人類学、美術などさまざまな分野の部会が設けられています。考古学は12日の金曜日の予定。主にウィスコンシン大学関係の研究者の発表ですが、インドからマハーラージャ・サヤジラーオ大学のアジートプラサードさん、イタリアからデニス・フレネッツさんが参加の予定です。私もインドでの発掘調査成果について発表の予定です。

アメリカでも南アジア考古学はマイナーで、研究者の数も多いとはいえないのですが、それでも先鋭の研究者が集まるこの学会。楽しみです。

学会のホームページもあります。
http://southasiaconference.wisc.edu/

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2012年9月29日 (土)

マディソンから 2012年9月28日

ここ数日でぐっと秋めいてきました。

このあいだまで緑だった葉が黄色く、そして赤くなってきました。

本当に美しい季節です。

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2012年9月28日 (金)

マディソンから 2012年9月27日

先日紹介した自作のインダス印章ですが。。。その日に1000度で焼いてみると。。。窯の中に入れたとたんに粉砕してしまいました。。。凍石の中に入り込んでいた不純物が亀裂となって割れてしまったようです。

それでもご覧のとおり、真っ白に。焼く前よりもインダス印章らしくみえませんか?

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土器の中で割れてしまった印章の写真を追加しておきます(2012年10月1日)。さすがに1000度で焼くと、土器も真っ赤になってしばらく触れないような状況でした。

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2012年9月24日 (月)

マディソンから 2012年9月23日

マディソンはだいぶ寒くなってきました。日差しのあたるところでないと、かなりの冷気漂う今日この頃です。

先週と今週の週末、ステアタイト(凍石)の焼成実験に参加しています。この凍石という石、中身は滑石が主成分の軟らかい石で、インダス文明の時代には印章やビーズなどいろんな器物に使用されたという歴史があります。その産地はパキスタン北部からインド北部に点在しているのですが、インダス文明の時代に主に用いられたのはパキスタン北部のハザーラ地方にある産地のものである可能性が高いといいます。

この石は通常の産状だと灰色〜緑色をしているのですが、一部の地域のものは高温で加熱すると白くなります。事実、インダス文明の遺跡から出土する凍石製品はほぼすべてが白色をしています。高温で加熱することで滑石成分が化学変化を起こして別の物質に変化し、結果白色になるというのです。

すでに何人かの研究者が実験をしているのですが、ここマディソンの研究者とともに再度実験してみようということで、500度から100度ずつあげながら、どの温度でどういった化学変化が起こり、どのような色調になるのかみてみようというのが今回の企画です。700度までは何ら変化はなく、灰色だったのですが、800度で淡くなりはじめ、900度でほぼ白色、1000度で完全に白色へと変化しました。焼成時間は1時間を設定したのですが、今後焼成時間も変化させてみてみようと話をしています。

電気窯を使用しているのですが、待ち時間を利用してインダス式印章の復元(?)にトライしてみました。青銅製の彫刻刀を用いたのですが、なかなかうまく彫れない。実際の印章の写真をにらみつつ、部位ごとの彫刻の順番と深浅を必死に考えつつ、3つほどつくってみました。だいぶコツをつかんできたように思っているのですが。。。

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