南アジア考古学

2017年2月17日 (金)

バハレーンでの調査その3

昨日はバハレーン文化・古物局の収蔵庫にて、シャホウラー(Shakhoura)古墳群出土の石製装身具の見学。紅玉髄、縞瑪瑙、アメジスト、水晶といった石材でつくられた玉をみせていただきました。この古墳群はティロス文化期(Tylos Period、前3〜後5世紀)に属する古墳群ですが、文化・古物局の顧問をされてているピエール・ロンバールさんによると、副葬品が多く出土するのは前1〜後1世紀頃のことのようで、多数の石製装身具もその時期を中心とするものと考えられます。

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樽形玉が多く含まれていますが、その中には長さ5cmを超える超長型も多数みうけられました。さらに孔をみると、1〜1.5mmほどの細いものが多い。石材の種類、形態、孔の特徴から判断すると、南アジア産の可能性がきわめて高いと考えられます。しかも南アジアで出土するものよりも製品としてのクオリティが高いのには驚かされます。また、わずかながら、装飾紅玉髄玉も含まれていることも、南アジア産の玉がバハレーンに流入している可能性を示しています。

このティロス文化期の時代、南アジア産と推定される石製玉が東南アジアからアラビア湾岸、西アジアにかけて広く分布することがいわれてきましたが、南アジアを含めた各地の資料を詳細に検討した研究はほとんどなく、印象論が定説化しているところもあります。そうした状況の中で、各地の資料に基づいた基礎研究が海洋交易の理解に不可欠です。

近いうちにバハレーンを再訪して、石製装身具の記録を進めたいと考えています。

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2017年2月10日 (金)

バハレーンでの調査その2

3週間ほど作業に参加していたとある遺跡の発掘調査もほぼ終了。埋め戻しなどののちに、もう一つ別の遺跡の調査に参加する予定です。

バハレーンでの調査も3年目を迎え、少しずつ現地の研究者とも顔なじみになってきました。話を聞いていると、インド系の遺物があれこれ出土している様子。特に石製装身具にはインド系のものがかなり含まれていそうで、その方面の調査にも着手したいと考えています。

バハレーンから戻った後は、本業のインドの調査が待っています。インドとバハレーン。2つの地域を結ぶ考古学が展開できればと夢想する今日この頃です。

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2016年10月24日 (月)

マディーナー遺跡発掘調査報告書:2016年10月24日

北インド鉄器時代の遺跡であるマディーナー遺跡の発掘調査報告書を刊行しました。この時代の指標である彩文灰色土器を中心として、青銅器時代から鉄器時代への物質文化の変遷に関わる遺構・遺物が出土しています。

英文ですが、ご関心のある方はご覧ください。


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2016年10月 4日 (火)

新聞記事:2016年9月23日

久しぶりの記事です。5月にインドに調査に出かけたのち、8月にはトルコでの調査、9月にはインドでの調査(ほとんど旅行でしたが)と、慌ただしい日々でした。トルコではキュルテペ遺跡の発掘調査に参加し、昨年度に開始した遺跡北部の調査を行いました。遺跡の最下層に近いと考えられるレベルまで掘り下げ、多くの新たな知見を得ることができました。インドでは現在実施中の科研費プロジェクトととも深く関係する海洋交易に関わる遺跡を見学するとともに(下の写真はベンガル地方を代表するチャンドラケートゥガル遺跡。鬱蒼とした森に覆われていますが、前2世紀頃に築かれたと考えられる城壁がよく残っています)、インド博物館で講演を行いました。少しずつですが、各方面ともに調査・研究が深まりつつあります。

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そうした中、9月23日には産經新聞で、科研費プロジェクトに関わる記事を掲載していただきました。開発に伴う遺跡の破壊は南アジア各地で進行しており、大きな問題となっていますが、最低限の記録化を行うことによって、今後の調査・研究、遺跡の保存・活用に結び付けていきたいと考えています。

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2016年6月12日 (日)

インド調査:2016年5月15日〜6月5日

5月15日〜6月5日に今年2回目のインド調査に出かけてきました。

今回の調査はケーララ州とカルナータカ州。今年は例年よりも暑くなるのが1ヶ月近く早く、3月の段階ですでに40度越えで、4月には45度以上となった地域も多かったようですが、それとともに雨季の到来もずいぶん早くなりました。ケーララでは6月上旬に雨季の開始のはずが、5月中旬には雨が降り始め、滞在中豪雨に見舞われました。南国らしい激しいに雨に驚かされました。遺跡の調査の予定でしたが、それも叶わず、代わりにケーララ州立大学考古学科所蔵の資料の記録化・分析を行ってきました。多くの研究課題が山積みなので、雨のおかげと言ってはなんですが、いろんな作業が進みました。また、ケーララ大学で石製装身具に関する講演をさせていただきました。

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トリヴァンドラムからバンガロール経由でプネーに飛び、そこからカルナータカ州へ。深夜バス利用の強行軍でしたが、カルナータカ州北部の重要遺跡であるアイホーレー遺跡とヒレベンカル遺跡を訪れることができました。アイホーレーはヒンドゥー寺院が数多く残るとして有名ですが、そのすぐそばに南インド巨石文化の古墳が数多く残されています。現地の研究者はよく知っている遺跡ですが、必ずしも十分に研究されているわけではなく、貴重な情報を得ることができました。

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ヒレベンカル遺跡は岩山の上に所在する古墳群(上写真)。岩壁画もあり、巨石文化をはるかにさかのぼる時代から利用されていたようです。数多くの石槨墓が残っており、これまた遺跡の重要性を実感することができました。

今回の成果は6月25・ 26日の西アジア考古学会で発表の予定です。

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2016年4月 5日 (火)

帰国しました:2016年4月5日

3月30日にインドから帰国しました。とても暑く、倒れそうになりながらの調査でしたが、無事に多くの成果を得て帰国することができました。

当初は発掘調査の予定でしたが、事情により延期。代わって南インド巨石文化に属する古墳群の記録と共同研究機関が所蔵する資料の記録をメインとしました。古墳群はインドの経済発展とともに次々と破壊される傾向にあり、記録化が急務となっています。また、記録化によってこれまでわかっていなかったことも明らかになってくることが期待されます。

また、共同研究機関がかつての発掘調査で得た出土資料の記録化作業では、これまで通り、自分の手で実測し写真撮影をするというもので、考古学の基本作業です。南インド新石器文化と南インド巨石文化に属する土器と石器の実測が主でしたが、特に土器では、南インド各地で共通する要素が存在する一方で、各地特有の特徴があることがわかってきました。共通性と多様性がどのように重なり合って、巨石文化期の土器を形成しているのか、その背景にどういった歴史性があるのか、これまで漠然としていた理解が大きく深まりました。

次は5月に調査に出かけます。さらに暑くなっていることでしょうね。倒れるまでがんばります。

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2016年2月22日 (月)

ついにインド調査です。

ようやく明日から科研調査第1弾の調査です。調査は南インド新石器文化と南インド巨石文化に関わるもので、現地の研究者と共同調査を予定しています。

どんな調査成果があがるでしょうか。あと残り3年の調査・研究を考えると、明日からの調査成果が大きな意味を持ってくることになると思います。最初でがっかりな結果にならないようがんばります。

3月30日の帰国予定です。相当暑いでしょうね。。。

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2016年2月14日 (日)

無事に調査終了しました。

今年の調査も無事に終了しました。発掘調査のほかに、遺跡の一部とはいえ測量調査も実施し、遺跡の全体像が徐々に明らかになってきました。

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これまでの調査をしているワーディー・アッ=サイル古墳群は、前2200年頃に西のサウディアラビアやヨルダン方面の遊牧民がバハレーン島に進出してきて築いた古墳群の可能性が浮上してきました。問題となるのは、なぜ遊牧民たちがこの小さな島に進出してきて古墳群を築いて自分たちのテリトリーの中に組み込むようになったのかという点です。今後の調査・研究はこの問題を明らかにする方向で進めていくことになりそうです。

一つの仮説としては、前2500年頃に東のオマーン半島を中心にインダス方面やメソポタミアとの交流・交易が活発化してきた中で、移動生活に慣れ親しんだ遊牧民たちが商人として物品のやり取りや運搬を担うようになり、文明世界の中へと組み込まれていくようになった可能性があります。バローチスターン地方やイラン南東部でも遊牧民が商人と化して、地域をつなぐ役割を果たすようになった可能性があり、定住型の農耕民の社会を中心とする文明世界の縁辺部で暮らしていた人々が、各地で文明世界へと参入していくそうしたダイナミックな歴史像が浮かんでくるような気がしています。文明世界の成立・拡大に遊牧民が果たした役割は大きかったのではないかという、従来の個人的な理解を深めていくことができそうです。

来年の調査が楽しみですが、直近に本業のインドの調査が待っています。体力と気力がもつか。ちょっと不安です。

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2016年2月 1日 (月)

バハレーンでの調査

1月13日からバハレーンでの調査に参加しています。昨年に引き続き第2次のワーディー・アッ=サイル古墳群の調査です。前2200年前後の時期の古墳群で、インダス系の遺物が出土してもおかしくないのですが、今のところ特に遺物はなし。残りの日程での作業が楽しみです。

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昨年の今頃はかなり暑くなっていたのですが、今年はかなり肌寒い天候が続いています。強風に吹かれながらの作業で、作業員の人たちともども震え上がっています。今年も作業員の人たちはバングラデシュ出身で、ヒンディー語での共同作業となっています。

調査も佳境に入ってきましたが、作業が進めば進むほど、やりたくなることが増えるというのはいつものこと。朝6:30から13:00までの作業時間の中で、走り回っています。

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2015年11月25日 (水)

これまでの調査から:2015年11月25日

ここ最近、週1回古い写真の高解像度スキャンを行っています。かつては一眼レフカメラと多量のフィルムを抱えて、調査に出かけたものでした。手元に大量のポジフィルムがあるのですが、大学の高級フィルムスキャナーを使わせていただいて、過去の活動の記憶を現在の研究に活かせるよう、フィルム写真のデジタル化を進めているところです。

確かにデジカメの普及によって、調査も写真撮影も大きく変わりました。調査ということに限れば、デジカメは大変便利で、枚数を気にすることなく、多くの記録写真を残すことが可能になりました。その一方で、かつて残りのフィルムを確認しながら、一枚一枚細心の注意を払って撮影していたときとは、写真に込める想いがずいぶんと薄くなってしまったなあと思ったりもします。フィルムで撮影した写真をみると、その時の情景がつい最近の出来事のように感じられます。

下の写真は、2000年にパキスタンに出かけたときの1枚。写真だけみると、岩山のようですが、現在世界遺産となっているタクシラー遺跡群の東に鎮座する山の頂上にあるギリの仏教寺院を見に行った時の1枚です。農道を馬車に揺られて麓まで行き、そこからは徒歩で30分ほどの山登り。頂上にある仏教寺院の遺跡が見えてきた時の興奮が蘇ってきます。

なかなかスキャンするのにも時間がかかりますが、古いアルバムを開いて写真を取り出し、きれいにスキャンされた画像をパソコンの画面で見るのがなんとも楽しみです。

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せっかくなのでもう1枚。同じくタクシラー遺跡群中のダルマラージカー・ストゥーパ。

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